スタッフプロフィールvol.1/城山 豊實 | シンワホーム 注文住宅・リフォームは北九州市小倉南区の工務店

スタッフプロフィールvol.1/城山 豊實

こんにちは!シンワホームです!

ところで、多々ある工務店やハウスメーカーの中でお家を選ぶとき、皆さんはどこに注目しますか?デザインや性能やコストなどいろいろなことを検討されるかと思います。そして、実際にマイホームを建てるとなったとき、その会社のどんな人が管理をして、どんな職人さんが建てるのかを知らないと、不安になる方もいらっしゃるのではないでしょうか?

そこで今回は、当社の工務担当である私、城山のことを少し詳しくご紹介したいと思います!

子ども時代からシンワホーム入社まで

<シンワホーム スタッフ 城山 豊實 (シロヤマ トヨミ)>

1978年3月29日生まれ 42歳

出身地:福岡県北九州市小倉北区

血液型:A型

趣味:音楽 野球観戦 釣り キャンプ お酒

家族:妻 子ども3人

ニックネーム:とろ

子どもの頃は雨の日も風の日も外で遊ぶような根っからのアウトドア派。よく悪さをして父親に頭をはたかれていたのを記憶しています(笑)。友だちからは、とよ(名前のとよみより)というニックネームで呼ばれていましたが、ある日、言いにくいというでたらめな理由で「とろ」というあだ名をつけられました。今でも友人はもちろん、ほとんどの知人から「とろ!」と呼ばれています (笑)。

小学校から中学までは野球少年で、朝から晩まで野球漬けといった毎日でした。中学の監督は厳しく、水も飲ませてくれないような鬼監督のもと、ひたすら野球に明け暮れていました。水も飲ませてくれないって、今では考えられませんね(笑)。

高校からは音楽に少々はまりバンド活動などをする毎日。大学に入るとバンドも続けながら、サーフィンなどのアウトドアにもはまっていました。卒業後にはアルバイトで貯めたお金で、オーストラリアにワーキングホリデーという制度を利用し、1年間仕事をしながら住んでいました。そこでの生活は毎日に刺激があり、充実感があったなあと今でも思います。その後、デザイン会社やガス会社を経て、義理の父である弊社社長の誘いもあり、7年前シンワホームに入社しました。入社後は、地元の消防団やボランティアにも入り、精力的に活動しています!

後悔しない家づくりをサポート!

平成25年6月に入社し、早いもので今年8年目となります。主な業務は現場管理・アフターサービスなどです。いつも心がけていることは、お客さまのお家づくりも、自分の家をつくるように丁寧に真剣に取り組むこと。特に性能に関わる部分は細心の注意を払い、指示・チェックをしています。

ほとんどのお客さまにとってマイホームは一生に一度の大きいなお買い物です。だからこそ、現場に関わる人間として、できる限りのことをさせていただきたいと考えています。

例えば、工事が進んでいく中で、「やっぱりこうしたい!」とお客さまが言われることがあります。実際、仕様を決めた時点で変更不可能な会社もあるようですが、一生に一度のマイホーム、それでは納得できませんよね?

そのため私たちは、プロの目線や経験からアイデアを出しアドバイスをし、納得できるお家づくりを全力でサポートします。間取りなど、どうしても変更が効かない部分はありますが、お客さまの想いをできる限り叶えるのが、私たちプロの仕事。絶対に後悔だけはさせたくないというプライドは誰よりも持っているつもりです。現場が動きだしたときから、私たちと一緒に家をつくっていく、そう考えていただければ嬉しい限りです。

4歳の双子(男・女)と2歳の男の子を持つ父親です。

私と妻が出会ったのは20代中ごろ。数年の交際を経て、私が32歳の頃結婚しました。結婚後、6年間子どもに恵まれず、妻も私も諦めかけたときに、念願だった妊娠がわかりました。その後、お腹の赤ちゃんが双子と知った時は正直びっくりしました。もちろん、子育ての経験はありませんし、私も40代目前。一気に2人となると大変だなと思っていました。

生まれてきたときには男女の双子ということがわかり、大変嬉しく思いました。しかし予想通り毎日が大変で、特に夜泣きに関しては一人が泣き出すともう一人が連動して泣き出すという最悪の事態で、睡眠不足の毎日。それでも妻や義理の母が頑張ってくれたおかげで、二人ともすくすく成長していきました。そんな2人が2歳になり、ようやく一息つける頃、3人目の子ども(男の子)に恵まれました。

その時にはもう、2人より3人の方が楽しいと、嬉しい気持ちしかありませんでした。さすがに4人目は勘弁ですが、今では4歳と2歳になる息子に帰宅後サンドバックのように殴られ、4歳の娘が私をかばってくれます(笑)。妻と共々毎日幸せな毎日です。